ワームホールは本当にあるのか

宇宙の遠く離れた2つの場所を、トンネルのような近道でつなぐ。SFでおなじみのワームホールは、アインシュタインの重力の理論から生まれたアイデアです。式の上ではありえますが、宇宙で見つかったことは一度もありません。2022年には「量子コンピューターでワームホールを作った」という報道もありましたが、本物の空間の穴ができたわけではありません。
3行でわかる
- ワームホールは、相対性理論の式が許す「空間の近道」。1935年のアインシュタインとローゼンの研究がはじまりで、ブラックホールの研究から生まれた。
- 人が通り抜けられるワームホールを保つには、ふつうの物質にはない「負のエネルギー」が要る。そんな物質が十分にあるかはわかっていない。
- 宇宙でワームホールが見つかった観測はない。2022年の量子コンピューター実験は、ワームホールに似たふるまいを示す計算を9個の量子ビットで再現したもので、本物の空間の穴は作っていない。
01 わかっていることワームホールとは何?
宇宙の離れた2つの場所を結ぶ、空間のトンネルのような近道です。相対性理論の式はこの形を許しますが、式で書けることと、宇宙に本当にあることは別の話です。
一般相対性理論(アインシュタインの重力の理論)では、重い物は空間をゆがめます。ゆがみ方によっては、離れた2点が細い「のど」でつながる形も、式の答えとして出てきます。
1935年、アインシュタインとローゼンは、ブラックホールの式の答えに、2つの空間をつなぐ「橋」があることを示しました[1]。これがのちにワームホール(虫食い穴)と呼ばれます。
ただし、この橋は人が通れるものではありませんでした。通れるワームホールの条件を初めて詳しく調べたのは、1988年のモリスとソーンです[3]。
02 どうやってわかったのかワームホールについて、何がわかっているの?
ブラックホールの式のワームホールは、つぶれるのが速すぎて光さえ通れません。通れるワームホールには負のエネルギーが必要です。宇宙で見つけた観測はありません。
わかっているFullerとWheeler(1962年、Physical Review)[2]
ブラックホールの式にあるワームホールは、のどが有限の時間でつぶれてしまい、通ろうとした信号は閉じ込められます。光でさえ、反対側へ抜けられません。
どうやって: 相対性理論の式で、のどの太さが時間とともにどう変わるかを計算しました。
有力な仮説MorrisとThorne(1988年、American Journal of Physics)[3]
人が通り抜けられるワームホールの式を示しました。ただし、のどを支える物質は、自分のエネルギーより大きな張力(引っぱる力)を持つ必要があります。そんな物質は知られていません。
どうやって: 通れる条件から逆算して、のどにどんな物質が必要かを計算しました。量子力学には、そういう性質(負のエネルギー)がわずかに現れる例があり、完全には否定できないとも書いています。
わかっていないCramerら(1995年、Physical Review D)[4]
もし宇宙に自然のワームホールがあり、出入り口が負の重さを持っていたら、うしろの星の光をふつうの天体とは違う形で明るくするはずだ、と提案しました。
どうやって: 重力レンズ(重い物が光を曲げる現象)の計算です。探し方の提案であり、そういう天体が見つかったという報告ではありません。
わかっているJafferisら(2022年、Nature)[5]とカリフォルニア工科大学の説明[6]
Googleの量子コンピューター「Sycamore」の9個の量子ビットで、ワームホールを通るのと同じ形に書ける情報の受け渡し(量子テレポーテーション)を再現しました。大学は「本物のワームホール(空間と時間の裂け目)は作っていない」と説明しています。
どうやって: ある理論(ホログラフィー原理)では、ワームホールを通る話と、量子の情報の受け渡しを、同じ計算で表せます。その受け渡しを小さな装置で動かしました。
わかっていないKobrin、Schuster、Yao(2023年、arXiv)[7]
この実験で使ったとても小さなモデルは、目指したモデルとはふるまいが違い、ワームホールらしい結果は小さなモデルならよく現れる性質にすぎないのでは、と指摘しました。
どうやって: 実験と同じモデルを計算し直しました。研究チームは反論しており、議論は続いています。
2022年の実験は、一部の報道で「量子コンピューターでワームホールを作った」という見出しで伝えられました。研究者の大学自身が、本物の空間の穴は作っていないと説明しているので、その見出しは実験の中身より大きく伝わっていました[6]。
03 数字と例えでいうと通れるワームホールには、どれくらいの力が要るの?
モリスとソーンの計算では、のどの周りが20kmなら、のどを支える張力は、いちばん重い中性子星の中心の圧力と同じくらいです。しかも、その物質自身のエネルギーより大きくないといけません。
| 項目 | 値 | 身近な例えでいうと |
|---|---|---|
| のどの周りが20kmのとき | 張力は、いちばん重い中性子星の中心の圧力と同じくらい[3] | 中性子星は小さじ1杯で10億トンを超える星。その中心で押し合う力に匹敵する |
| のどの周りが200kmのとき | 張力はその100分の1(計算) | のどを10倍太くすると、要る張力は100分の1になる(周りの長さの2乗に反比例) |
| 必要な物質の性質 | 張力が、その物質のエネルギー(重さ×光速の2乗)を上回る[3] | 知られているどんな物質も持っていない性質 |
| 2022年の実験で使った量子ビット | 9個[6] | 宇宙の大きさではなく、装置の中の計算の大きさ |
張力の値は、モリスとソーンの論文の要旨にある式(中性子星の中心の圧力×(20km)²÷(のどの周り)²)をもとにしています。200kmの行は、その式でSEADICEが計算しました。
04 まだわかっていないことワームホールについて、まだわからないことは?
宇宙に自然のワームホールがあるのか、負のエネルギーで通れる形を保てるのか、どちらもまだ答えがありません。量子の情報とワームホールの関係も研究の途中です。
- 負のエネルギーは十分な量ありうるのか量子力学には、ごく狭い場所でエネルギーが負になる例があると考えられています。でも、のどを支えられるほどの量や形がありうるかは、わかっていません[3]。
- 宇宙に自然のワームホールはあるのか探し方の提案はありますが[4]、見つかったという観測はありません。あるかないかを決める証拠は、どちらの側にもありません。
- 量子の情報とワームホールは同じものなのか量子の世界のつながりと空間のつながりを結びつける考えは、重力と量子力学をまとめる手がかりとして研究されています。2022年の実験がそれをどこまで確かめたかは、研究者の間でも意見が分かれています[7]。
05関連する記事
06よくある質問
ワームホールは見つかっている?
見つかっていません。相対性理論の式の上ではありえますが、宇宙で観測された例はありません。負の重さを持つ出入り口が星の光を曲げる様子で探す提案(1995年)はありますが、見つかったという報告はありません。
量子コンピューターでワームホールを作ったのは本当?
本物のワームホールは作っていません。2022年の実験は、Googleの量子コンピューターの9個の量子ビットで、ワームホールを通るのと同じ計算で表せる情報の受け渡しを再現したものです。研究者の大学も、空間と時間の裂け目は作っていないと説明しています。
ワームホールがあれば人は通れる?
ブラックホールの式にあるワームホールは、つぶれるのが速すぎて光さえ通れません。人が通れる形を保つには、自分のエネルギーより大きな張力を持つ、知られていない物質(負のエネルギー)が必要だと計算されています。
ワームホールでタイムトラベルはできる?
1988年の研究は、通り抜けられるワームホールが作れるなら、出入り口の片方を動かして過去へ戻れる道筋に変えられると論じました。ただし、通れるワームホールが作れるか自体がわかっていません。
出典
- Einstein, A., Rosen, N. (1935). The Particle Problem in the General Theory of Relativity. Physical Review 48, 73–77. https://doi.org/10.1103/PhysRev.48.73
- Fuller, R. W., Wheeler, J. A. (1962). Causality and Multiply Connected Space-Time. Physical Review 128, 919–929. https://doi.org/10.1103/PhysRev.128.919
- Morris, M. S., Thorne, K. S. (1988). Wormholes in spacetime and their use for interstellar travel: A tool for teaching general relativity. American Journal of Physics 56, 395–412. https://doi.org/10.1119/1.15620
- Cramer, J. G., Forward, R. L., Morris, M. S., Visser, M., Benford, G., Landis, G. A. (1995). Natural wormholes as gravitational lenses. Physical Review D 51, 3117–3120. https://doi.org/10.1103/PhysRevD.51.3117
- Jafferis, D., Zlokapa, A., Lykken, J. D., et al. (2022). Traversable wormhole dynamics on a quantum processor. Nature 612, 51–55. https://doi.org/10.1038/s41586-022-05424-3
- Caltech INQNET (2022). Wormhole dynamics on a quantum processor(研究チームの解説・Q&A). https://inqnet.caltech.edu/wormhole2022/
- Kobrin, B., Schuster, T., Yao, N. Y. (2023). Comment on "Traversable wormhole dynamics on a quantum processor". arXiv:2302.07897. https://arxiv.org/abs/2302.07897


