ブラックホールの中はどうなっているのか、特異点と情報のなぞ

ブラックホールの中を見た人は、まだいません。事象の地平面(光も出られなくなる境目)の内側からは、光も情報も外に出てこないからです。それでも、外側の観測と理論の計算から、言えることと言えないことは分けられます。
3行でわかる
- ブラックホールの境目の外側は、撮影や重力波で確かめられている。境目の内側を観測で確かめる方法はない。
- 一般相対性理論では、中心に密度が無限大になる「特異点」ができる。ペンローズが1965年に数学で示し、2020年のノーベル物理学賞を受けた。ただし特異点は「理論が使えなくなる場所」の印で、本当の姿はわかっていない。
- 中に落ちた物の情報は消えるのか、外に出てくるのか。最近の計算は「出てくる」を支持するが、簡単にしたモデルでの結果で、決着はしていない。
01 わかっていることブラックホールの中は見えないの?
見えません。事象の地平面の内側からは光も出てこないため、どんな望遠鏡でも中は見えません。観測で確かめられているのは、境目のすぐ外側までです。
2019年、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)は、銀河M87の中心にあるブラックホールの影を撮影しました[8]。写っているのは、境目のまわりで光るガスと、真ん中の暗い部分です。中の様子が写ったわけではありません(ブラックホールの写真は何を撮ったのか)。
重力波も、ブラックホールどうしの合体を伝えてくれます。ただ、これも境目の外の空間のゆれです。だから中についての話は、ほとんどが理論の計算です。
境目に近づいた人の体に起きること(スパゲッティ化や時間の遅れ)は、ブラックホールに吸い込まれるとどうなるかで書いています。この記事では、そのさらに奥にある中心と、「情報」のなぞを扱います。
02 どうやってわかったのか見えない中のことを、どうやって考えているの?
一般相対性理論(アインシュタインの重力の理論)と量子力学(ごく小さな世界のルール)の計算で考えています。中心の特異点は前者の予測で、情報のなぞは2つを合わせたときに生まれた問題です。
わかっているPenrose(1965年、Physical Review Letters)[1][2]
星が自分の重さでつぶれ、光も出られない面ができると、その先で「特異点」(密度などが無限大になり、時空が途切れる所)ができるのは避けられないと、数学で示しました。この仕事は2020年のノーベル物理学賞を受けました。
どうやって: 星の形が完全な球でなくても成り立つ、一般的な定理として証明しました。ただし一般相対性理論が正しいとした場合の結論です。ノーベル委員会は特異点を「知られている自然の法則がすべて止まる場所」と説明しています。
有力な仮説Bekenstein(1973年、Physical Review D)[3]
ブラックホールにも「エントロピー」(外からは見えない中の状態がどれだけあるかを表す量)があり、その量は境目の面積に比例すると提案しました。
どうやって: 理論の計算です。熱の法則がブラックホールでも成り立つように考えました。のちにホーキングの計算で裏づけられましたが、観測で確かめたものではありません。
わかっていないHawking(1976年、Physical Review D)[4]
ブラックホールが熱い光(ホーキング放射)を出して蒸発すると、落ちた物の情報の一部は失われ、元の状態を計算で戻せなくなると論じました。量子力学では情報は消えないはずなので、「情報のパラドックス」と呼ばれる問題になりました。
どうやって: 重力は一般相対性理論のまま、まわりの物質だけに量子力学を当てはめて計算しました。重力そのものに量子力学を入れた計算ではありません。
有力な仮説Page(1993年、Physical Review Letters)[5][7]
情報が外に出てくるなら、出ていく光の「乱雑さ」は、蒸発の途中で増えるのをやめて減りはじめるはずだと示しました。この曲がり角を「ページ時間」と呼び、乱雑さがたどる曲線を「ページ曲線」と呼びます。
どうやって: 量子力学のふつうのルールが成り立つと仮定して計算しました。情報は、はじめはとてもゆっくり、ばらばらに出てくるため、細かく見ないと見つからないとも書いています。
わかっていないAlmheiri、Marolf、Polchinski、Sully(2013年、Journal of High Energy Physics)[6]
「情報は光にのって出てくる」「境目の外では今の物理が使える」「落ちる人は境目で何も感じない」の3つは、同時には成り立たないと論じました。いちばん控えめな答えは、落ちた人が境目で燃え尽きる(ファイアウォール)ことだと書いています。
どうやって: 理論の論証です。境目で何も起きないという、一般相対性理論の考えとぶつかるため、大きな議論になりました。
有力な仮説Almheiriら(2021年、Reviews of Modern Physics)[7]
2019年ごろから、出ていく光の乱雑さを計算する新しい方法が見つかりました。その結果はページ曲線と合い、「情報は外に出てくる」ことを支持しています。
どうやって: 研究の流れをまとめた解説論文です。計算は、重力を別の量子の仕組みに置きかえて考えられる、簡単にしたモデルが中心です。本物のブラックホールで同じことが言えるかは、まだ確かめられていません。
03 数字と例えでいうとブラックホールの「中」はどれくらいの大きさ?
中の広さは、重さで決まる境目の大きさでわかります。地球ならビー玉ほど、M87の中心なら直径400億km弱。どの大きさでも、境目の内側を見る方法はありません。
| 項目 | 値 | 身近な例えでいうと |
|---|---|---|
| 地球と同じ重さのブラックホール | 境目の直径 約1.8cm(計算) | ビー玉くらい |
| 太陽と同じ重さ | 境目の半径 約3km(計算) | 直径約6km。歩いて1時間半ほどで横切れる |
| 天の川銀河の中心(太陽の約400万倍。測定によって約410万〜430万倍) | 境目の半径 約1270万km(430万倍として計算) | 太陽の半径(約70万km)の約18倍 |
| M87の中心(太陽の約65億倍)[8] | 境目の直径 約380億km(65億倍として計算。EHTの発表では「400億km弱」) | 地球と太陽の距離の約260倍(EHTの発表の値では約270倍) |
| EHTが撮ったM87のリング | 見かけの直径 42マイクロ秒角[8] | 撮れたのは境目の外の光。中は写らない |
| 一般相対性理論での中心(特異点) | 大きさゼロ、密度は無限大 | 数字が無限大になるのは「理論がここで使えない」という印 |
境目の半径は「太陽の重さあたり約2.95km」として、重さに比例させて計算しました。回っていないブラックホールの場合の値で、回っているものは少し小さくなります。中に入った物が中心に着くまでの様子は、理論で計算できても、確かめる観測はありません。
04 まだわかっていないことブラックホールの中で、まだ謎なのは何?
中心に本当に特異点があるのか、落ちた物の情報がどこへ行くのか、境目で何も起きないのか。重力と量子力学をまとめる理論がないため、どれもまだ答えが出ていません。
- 中心に本当に特異点があるのか特異点は、一般相対性理論の計算が無限大を出して止まる場所です[2]。ごく小さな世界では量子力学の効果が効くため、実際には無限大にならないかもしれません。それを計算できる理論(量子重力理論)は、まだ完成していません。
- 情報はどうやって外に出るのか最近の計算は「情報は出てくる」を支持していますが、簡単にしたモデルでの結果です[7]。本物のブラックホールで、情報がどんな仕組みで光にのるのかは、わかっていません。
- 境目で燃え尽きるのかファイアウォールの問題は、新しい計算で避けられるという見方も出ています[7]。ただし研究者の間で合意はまだなく、議論が続いています[6]。
- 中を確かめる方法はあるのか中の手がかりを運びうるホーキング放射は、本物のブラックホールでは弱すぎて、まだ一度も観測されていません。
05関連する記事
06よくある質問
ブラックホールの中には何があるの?
わかっていません。一般相対性理論では、中心に密度が無限大になる「特異点」ができると予測されます。ただし特異点は理論が使えなくなる場所の印で、境目の内側を観測する方法もないため、本当の姿は誰も確かめていません。
ブラックホールの特異点とは何?
密度などが無限大になり、時空が途切れてしまう所です。ペンローズは1965年、星がつぶれて光も出られない面ができると、特異点ができるのは避けられないと数学で示し、2020年のノーベル物理学賞を受けました。
ブラックホールに落ちた物の情報は消えるの?
まだ決着していません。ホーキングは1976年に情報は失われると論じましたが、量子力学のふつうの考えとぶつかります。2019年ごろからの新しい計算は「情報は外に出てくる」を支持していますが、簡単にしたモデルでの結果です。
ブラックホールの中を観測する方法はある?
今のところありません。事象の地平面の内側からは光も出てこないためです。撮影や重力波でわかるのは境目の外側までで、中の手がかりを運ぶかもしれないホーキング放射も、弱すぎてまだ観測されていません。
出典
- Penrose, R. (1965). Gravitational Collapse and Space-Time Singularities. Physical Review Letters 14, 57–59. https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.14.57
- The Nobel Prize (2020). Press release: The Nobel Prize in Physics 2020. https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2020/press-release/
- Bekenstein, J. D. (1973). Black Holes and Entropy. Physical Review D 7, 2333–2346. https://doi.org/10.1103/PhysRevD.7.2333
- Hawking, S. W. (1976). Breakdown of predictability in gravitational collapse. Physical Review D 14, 2460–2473. https://doi.org/10.1103/PhysRevD.14.2460
- Page, D. N. (1993). Information in black hole radiation. Physical Review Letters 71, 3743–3746. https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.71.3743
- Almheiri, A., Marolf, D., Polchinski, J., Sully, J. (2013). Black holes: complementarity or firewalls? Journal of High Energy Physics 2013, 62. https://doi.org/10.1007/JHEP02(2013)062
- Almheiri, A., Hartman, T., Maldacena, J., Shaghoulian, E., Tajdini, A. (2021). The entropy of Hawking radiation. Reviews of Modern Physics 93, 035002. https://doi.org/10.1103/RevModPhys.93.035002
- The Event Horizon Telescope Collaboration (2019). First M87 Event Horizon Telescope Results. I. The Shadow of the Supermassive Black Hole. The Astrophysical Journal Letters 875, L1. https://doi.org/10.3847/2041-8213/ab0ec7


