星と銀河

天の川の外にも銀河があるとどうわかったのか、1920年の「大論争」とハッブル

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ウィルソン山天文台のフッカー望遠鏡
Photo: Eric Polk / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons
AIによる調査論文と公的機関の資料をAIが調べ、内容を確かめて整理しました(出典は末尾)。

100年ほど前まで、宇宙にある星や星雲がすべて天の川銀河の中にあるのか、それとも外にも銀河があるのか、決まっていませんでした。1920年4月26日、ワシントンの米国科学アカデミーで、2人の天文学者がこの問題について話しました。決着をつけたのは、その3年後にハッブルがアンドロメダの中に見つけた、明るさが変わる1つの星でした。

3行でわかる

  1. 1920年の討論で、シャプレーは「天の川銀河は直径30万光年以上で、渦巻き星雲はその中」、カーティスは「天の川銀河は直径3万光年ほどで、渦巻き星雲は別の銀河」と話した。その場では決着しなかった。
  2. 1923年10月、ハッブルはアンドロメダ大星雲の中にセファイド(明るさが周期的に変わる星)を見つけた。1929年の論文では距離を約90万光年と出し、天の川銀河の外にあることがはっきりした。
  3. 今の見方では、2人とも半分ずつ正しい。外の銀河があることはカーティス、太陽が銀河の中心から遠いことはシャプレーが正しかった。「大論争」という呼び名は、ずっと後に付いたものだ。

01 わかっていること1920年の「大論争」では何が争われたの?

争われたのは、渦巻き星雲(アンドロメダなど、うずまき形にぼんやり光る天体)が天の川銀河の中にあるのか、外にある別の銀河なのか、そして天の川銀河の大きさでした。その場では決着しませんでした。

話したのは、ウィルソン山天文台のシャプレーと、リック天文台のカーティスです。テーマは「宇宙の距離の物差し」でした。招待の電報には、1人45分、謝礼は150ドルと書かれていました[1]。

2人は、言い返し合う討論の形をとりませんでした。前もって考えを交換し、シャプレーが先に1回ずつ話す形を選びました[1]。シャプレーはタイプした原稿を読み上げ、カーティスはスライドに書いたメモを使ったとされています[1]。

シャプレーは、天の川銀河の直径を「少なくとも30万光年」とし、太陽は中心から5万光年以上離れていると書きました。カーティスは、天の川銀河の直径を最大3万光年と仮定し、渦巻き星雲は「私たちの銀河にくらべられる、1つ1つの銀河」だとしました[2]。

当時、この討論はほとんど報道されませんでした。カーティスが亡くなった1942年の追悼文にも出てきません。1960年、天文学者ストルーベが40周年の記事で「歴史的な討論」と書き、その後に広まりました[1]。

02 どうやってわかったのかハッブルはどうやって決着をつけたの?

ハッブルは、アンドロメダ大星雲の中に、周期で本当の明るさがわかる星「セファイド」を見つけました。見かけの明るさと比べて距離を出すと、天の川銀河の大きさよりずっと遠いことがわかりました。

わかっているLeavitt & Pickering(1912年、ハーバード大学天文台の報告)[3]

小マゼラン雲のセファイド25個を調べると、明るさが変わる周期が長い星ほど明るいという、はっきりした関係がありました。同じ雲の星はほぼ同じ距離にあるので、これは本当の明るさの違いです。

どうやって: ハーバード大学天文台のリービットが、写真乾板に写った星の明るさを何枚も比べ、周期と明るさを測りました。この関係が、遠い天体までの距離を測る物差しになりました。

わかっているHubble(1929年、The Astrophysical Journal)/NASA(2011年)[4][5]

ハッブルは1923年、アンドロメダ大星雲の中に周期20日と31日のセファイドを2つ見つけました。その後40個まで増やし、距離を約27万5000パーセク、約90万光年と計算しました。

どうやって: ウィルソン山天文台の口径2.5メートルの望遠鏡で、1923年10月5日から6日の夜に撮った乾板が始まりです。ハッブルは初め新星(急に明るくなる星)の印「N」を付け、後でそれを消して変光星を表す「VAR」と書き直しました。この星(V1)の周期は31.4日です[5]。

わかっているTrimble(1995年、Publications of the Astronomical Society of the Pacific)[1]

ハッブルの結果は、1924年の暮れから1925年の初めにかけて開かれたアメリカ科学振興協会の大会で、天文学者ラッセルが代わりに読み上げました。会場にいた天文学者たちは、問題は決着したと受け止めました。

どうやって: 科学史の論文として、当時の電報・手紙・出版物と、後の回想を照らし合わせています。カーティスは1925年4月、「ハッブルの結果で、この説は二重に確かになった」と書きました。シャプレーが手紙を見せて「私の宇宙を壊した手紙だ」と言ったという話は、その場にいたペイン=ガポーシュキンが何十年も後に書いた回想です。

わかっているTrimble(1995年)[1]

シャプレーが渦巻き星雲を近いと考えた大きな理由は、ファン・マーネンの測定でした。「渦巻き星雲が回っているのが、写真で見える」という測定です。遠い銀河なら、回る様子が数十年で見えるはずがありません。

どうやって: 数年後、スウェーデンのルンドマルクが同じ乾板を測り直すと、回転は見つかりませんでした。カーティスは討論の時点で、ぼやけた天体のわずかな動きは信用できないと述べていました。

03 数字と例えでいうと2人の主張と今の答えはどれくらい違う?

銀河の大きさはシャプレーが大きすぎ、カーティスが小さすぎました。アンドロメダまでの距離は、ハッブルの約90万光年に対し、今の測定では約250万光年です。

項目1920年の主張今わかっていること
天の川銀河の直径シャプレー: 30万光年以上
カーティス: 最大3万光年[2]
2人の間。シャプレーは大きすぎ、カーティスは小さすぎた[1](くわしくは天の川銀河の形の記事)
太陽から銀河の中心までシャプレー: 5万光年以上[2]
カーティス: 中心の近く[1]
約2万6700光年(8178パーセク)[7]。太陽は中心から遠いので、この点はシャプレーが近い
渦巻き星雲シャプレー: 天の川銀河の中
カーティス: 外の別の銀河[2]
外の別の銀河。カーティスが正しかった[1]
アンドロメダまでの距離ハッブル(1929年): 約90万光年[4]約76万1000パーセク、約250万光年[6]。ハッブルの値の約2.8倍

ハッブルの距離は今の値の3分の1ほどでした。セファイドの明るさの基準が1等級以上ずれていたことを、のちにバーデが見つけたためです[1]。それでも約90万光年は、シャプレーの天の川銀河の直径(30万光年)の3倍です。基準がずれていても、外にあることははっきりしていました。

星までの距離を三角形や変光星で測る方法は、星までの距離の記事にくわしく書いています。

04 まだわかっていないことこの話でまだ謎なのは何?

ファン・マーネンの測定がなぜ間違ったのかは、今もはっきりしていません。また、1920年の当日に何が話されたかは、2人の原稿でしかわからず、質疑の記録は残っていません。

05関連する記事

06よくある質問

1920年の「大論争」で勝ったのはどっち?

今の見方では、2人とも半分ずつ正しかったとされています。渦巻き星雲が天の川の外の銀河だという点はカーティスが、太陽が銀河の中心から遠いという点はシャプレーが、より正しかったからです。天文学者トリンブルの1995年の論文は、14の争点を1つずつ採点し直しています。

ハッブルはアンドロメダ銀河までの距離を何光年と出した?

1929年の論文で、40個のセファイド(明るさが周期的に変わる星)から約27万5000パーセク、約90万光年と出しました。今の測定では約250万光年です。物差しにしたセファイドの明るさの基準がずれていたため、実際より近く出ていました。

セファイドを使うと、なぜ距離がわかるの?

セファイドは、明るさが変わる周期が長いものほど本当の明るさが明るい星です。1912年にリービットが小マゼラン雲の星で見つけました。周期を測れば本当の明るさがわかり、見かけの明るさと比べると距離が計算できます。

大論争は1921年だったの?

1920年4月26日です。2人の話をもとにした文章が1921年5月に出版されたため、1921年と書かれることがよくあります。トリンブルの論文は、この間違いが科学者の追悼文や本にも見られると指摘しています。

出典

  1. Trimble, V. (1995). The 1920 Shapley-Curtis Discussion: Background, Issues, and Aftermath. Publications of the Astronomical Society of the Pacific 107, 1133–1144. https://doi.org/10.1086/133671
  2. Shapley, H., Curtis, H. D. (1921). The Scale of the Universe. Bulletin of the National Research Council 2(11), 171–217(NASA による全文の書き起こし). https://science.nasa.gov/apod/nrc-transcripts-of-the-great-debate/
  3. Leavitt, H. S., Pickering, E. C. (1912). Periods of 25 Variable Stars in the Small Magellanic Cloud. Harvard College Observatory Circular 173, 1–3. https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/1912HarCi.173....1L
  4. Hubble, E. (1929). A spiral nebula as a stellar system, Messier 31. The Astrophysical Journal 69, 103. https://doi.org/10.1086/143167
  5. NASA (2011). Hubble Views the Star That Changed the Universe. https://science.nasa.gov/missions/hubble/hubble-views-the-star-that-changed-the-universe/
  6. Li, S., Riess, A. G., Busch, M. P., Casertano, S., et al. (2021). A Sub-2% Distance to M31 from Photometrically Homogeneous Near-infrared Cepheid Period–Luminosity Relations Measured with the Hubble Space Telescope. The Astrophysical Journal 920, 84. https://doi.org/10.3847/1538-4357/ac1597
  7. GRAVITY Collaboration, Abuter, R., et al. (2019). A geometric distance measurement to the Galactic center black hole with 0.3% uncertainty. Astronomy & Astrophysics 625, L10. https://doi.org/10.1051/0004-6361/201935656