天の川の外にも銀河があるとどうわかったのか、1920年の「大論争」とハッブル

100年ほど前まで、宇宙にある星や星雲がすべて天の川銀河の中にあるのか、それとも外にも銀河があるのか、決まっていませんでした。1920年4月26日、ワシントンの米国科学アカデミーで、2人の天文学者がこの問題について話しました。決着をつけたのは、その3年後にハッブルがアンドロメダの中に見つけた、明るさが変わる1つの星でした。
3行でわかる
- 1920年の討論で、シャプレーは「天の川銀河は直径30万光年以上で、渦巻き星雲はその中」、カーティスは「天の川銀河は直径3万光年ほどで、渦巻き星雲は別の銀河」と話した。その場では決着しなかった。
- 1923年10月、ハッブルはアンドロメダ大星雲の中にセファイド(明るさが周期的に変わる星)を見つけた。1929年の論文では距離を約90万光年と出し、天の川銀河の外にあることがはっきりした。
- 今の見方では、2人とも半分ずつ正しい。外の銀河があることはカーティス、太陽が銀河の中心から遠いことはシャプレーが正しかった。「大論争」という呼び名は、ずっと後に付いたものだ。
01 わかっていること1920年の「大論争」では何が争われたの?
争われたのは、渦巻き星雲(アンドロメダなど、うずまき形にぼんやり光る天体)が天の川銀河の中にあるのか、外にある別の銀河なのか、そして天の川銀河の大きさでした。その場では決着しませんでした。
話したのは、ウィルソン山天文台のシャプレーと、リック天文台のカーティスです。テーマは「宇宙の距離の物差し」でした。招待の電報には、1人45分、謝礼は150ドルと書かれていました[1]。
2人は、言い返し合う討論の形をとりませんでした。前もって考えを交換し、シャプレーが先に1回ずつ話す形を選びました[1]。シャプレーはタイプした原稿を読み上げ、カーティスはスライドに書いたメモを使ったとされています[1]。
シャプレーは、天の川銀河の直径を「少なくとも30万光年」とし、太陽は中心から5万光年以上離れていると書きました。カーティスは、天の川銀河の直径を最大3万光年と仮定し、渦巻き星雲は「私たちの銀河にくらべられる、1つ1つの銀河」だとしました[2]。
当時、この討論はほとんど報道されませんでした。カーティスが亡くなった1942年の追悼文にも出てきません。1960年、天文学者ストルーベが40周年の記事で「歴史的な討論」と書き、その後に広まりました[1]。
02 どうやってわかったのかハッブルはどうやって決着をつけたの?
ハッブルは、アンドロメダ大星雲の中に、周期で本当の明るさがわかる星「セファイド」を見つけました。見かけの明るさと比べて距離を出すと、天の川銀河の大きさよりずっと遠いことがわかりました。
わかっているLeavitt & Pickering(1912年、ハーバード大学天文台の報告)[3]
小マゼラン雲のセファイド25個を調べると、明るさが変わる周期が長い星ほど明るいという、はっきりした関係がありました。同じ雲の星はほぼ同じ距離にあるので、これは本当の明るさの違いです。
どうやって: ハーバード大学天文台のリービットが、写真乾板に写った星の明るさを何枚も比べ、周期と明るさを測りました。この関係が、遠い天体までの距離を測る物差しになりました。
わかっているHubble(1929年、The Astrophysical Journal)/NASA(2011年)[4][5]
ハッブルは1923年、アンドロメダ大星雲の中に周期20日と31日のセファイドを2つ見つけました。その後40個まで増やし、距離を約27万5000パーセク、約90万光年と計算しました。
どうやって: ウィルソン山天文台の口径2.5メートルの望遠鏡で、1923年10月5日から6日の夜に撮った乾板が始まりです。ハッブルは初め新星(急に明るくなる星)の印「N」を付け、後でそれを消して変光星を表す「VAR」と書き直しました。この星(V1)の周期は31.4日です[5]。
わかっているTrimble(1995年、Publications of the Astronomical Society of the Pacific)[1]
ハッブルの結果は、1924年の暮れから1925年の初めにかけて開かれたアメリカ科学振興協会の大会で、天文学者ラッセルが代わりに読み上げました。会場にいた天文学者たちは、問題は決着したと受け止めました。
どうやって: 科学史の論文として、当時の電報・手紙・出版物と、後の回想を照らし合わせています。カーティスは1925年4月、「ハッブルの結果で、この説は二重に確かになった」と書きました。シャプレーが手紙を見せて「私の宇宙を壊した手紙だ」と言ったという話は、その場にいたペイン=ガポーシュキンが何十年も後に書いた回想です。
わかっているTrimble(1995年)[1]
シャプレーが渦巻き星雲を近いと考えた大きな理由は、ファン・マーネンの測定でした。「渦巻き星雲が回っているのが、写真で見える」という測定です。遠い銀河なら、回る様子が数十年で見えるはずがありません。
どうやって: 数年後、スウェーデンのルンドマルクが同じ乾板を測り直すと、回転は見つかりませんでした。カーティスは討論の時点で、ぼやけた天体のわずかな動きは信用できないと述べていました。
03 数字と例えでいうと2人の主張と今の答えはどれくらい違う?
銀河の大きさはシャプレーが大きすぎ、カーティスが小さすぎました。アンドロメダまでの距離は、ハッブルの約90万光年に対し、今の測定では約250万光年です。
| 項目 | 1920年の主張 | 今わかっていること |
|---|---|---|
| 天の川銀河の直径 | シャプレー: 30万光年以上 カーティス: 最大3万光年[2] | 2人の間。シャプレーは大きすぎ、カーティスは小さすぎた[1](くわしくは天の川銀河の形の記事) |
| 太陽から銀河の中心まで | シャプレー: 5万光年以上[2] カーティス: 中心の近く[1] | 約2万6700光年(8178パーセク)[7]。太陽は中心から遠いので、この点はシャプレーが近い |
| 渦巻き星雲 | シャプレー: 天の川銀河の中 カーティス: 外の別の銀河[2] | 外の別の銀河。カーティスが正しかった[1] |
| アンドロメダまでの距離 | ハッブル(1929年): 約90万光年[4] | 約76万1000パーセク、約250万光年[6]。ハッブルの値の約2.8倍 |
ハッブルの距離は今の値の3分の1ほどでした。セファイドの明るさの基準が1等級以上ずれていたことを、のちにバーデが見つけたためです[1]。それでも約90万光年は、シャプレーの天の川銀河の直径(30万光年)の3倍です。基準がずれていても、外にあることははっきりしていました。
星までの距離を三角形や変光星で測る方法は、星までの距離の記事にくわしく書いています。
04 まだわかっていないことこの話でまだ謎なのは何?
ファン・マーネンの測定がなぜ間違ったのかは、今もはっきりしていません。また、1920年の当日に何が話されたかは、2人の原稿でしかわからず、質疑の記録は残っていません。
- ファン・マーネンは何を間違えたのか乾板や装置には問題がなかったとされます。回転がないことは今は確かですが、測定のどこで誤ったのかは誰にもはっきりわからないと、トリンブルは書いています[1]。
- 当日、本当は何が話されたのか1921年に出版された2人の文章は、当日の話そのままではありませんでした。話のメモが見つかって比べられましたが、ラッセルの反論や質疑の記録は残っていません[1]。
- 宇宙に銀河はいくつあるのか外に銀河があることは決着しましたが、見える宇宙にいくつあるかは、まだ正確にはわかっていません。くわしくは銀河の数の記事にあります。
05関連する記事
06よくある質問
1920年の「大論争」で勝ったのはどっち?
今の見方では、2人とも半分ずつ正しかったとされています。渦巻き星雲が天の川の外の銀河だという点はカーティスが、太陽が銀河の中心から遠いという点はシャプレーが、より正しかったからです。天文学者トリンブルの1995年の論文は、14の争点を1つずつ採点し直しています。
ハッブルはアンドロメダ銀河までの距離を何光年と出した?
1929年の論文で、40個のセファイド(明るさが周期的に変わる星)から約27万5000パーセク、約90万光年と出しました。今の測定では約250万光年です。物差しにしたセファイドの明るさの基準がずれていたため、実際より近く出ていました。
セファイドを使うと、なぜ距離がわかるの?
セファイドは、明るさが変わる周期が長いものほど本当の明るさが明るい星です。1912年にリービットが小マゼラン雲の星で見つけました。周期を測れば本当の明るさがわかり、見かけの明るさと比べると距離が計算できます。
大論争は1921年だったの?
1920年4月26日です。2人の話をもとにした文章が1921年5月に出版されたため、1921年と書かれることがよくあります。トリンブルの論文は、この間違いが科学者の追悼文や本にも見られると指摘しています。
出典
- Trimble, V. (1995). The 1920 Shapley-Curtis Discussion: Background, Issues, and Aftermath. Publications of the Astronomical Society of the Pacific 107, 1133–1144. https://doi.org/10.1086/133671
- Shapley, H., Curtis, H. D. (1921). The Scale of the Universe. Bulletin of the National Research Council 2(11), 171–217(NASA による全文の書き起こし). https://science.nasa.gov/apod/nrc-transcripts-of-the-great-debate/
- Leavitt, H. S., Pickering, E. C. (1912). Periods of 25 Variable Stars in the Small Magellanic Cloud. Harvard College Observatory Circular 173, 1–3. https://ui.adsabs.harvard.edu/abs/1912HarCi.173....1L
- Hubble, E. (1929). A spiral nebula as a stellar system, Messier 31. The Astrophysical Journal 69, 103. https://doi.org/10.1086/143167
- NASA (2011). Hubble Views the Star That Changed the Universe. https://science.nasa.gov/missions/hubble/hubble-views-the-star-that-changed-the-universe/
- Li, S., Riess, A. G., Busch, M. P., Casertano, S., et al. (2021). A Sub-2% Distance to M31 from Photometrically Homogeneous Near-infrared Cepheid Period–Luminosity Relations Measured with the Hubble Space Telescope. The Astrophysical Journal 920, 84. https://doi.org/10.3847/1538-4357/ac1597
- GRAVITY Collaboration, Abuter, R., et al. (2019). A geometric distance measurement to the Galactic center black hole with 0.3% uncertainty. Astronomy & Astrophysics 625, L10. https://doi.org/10.1051/0004-6361/201935656


