金星にホスフィンはあるのか、生命の手がかりをめぐる論争

2020年9月、金星の大気に「ホスフィン」という気体があるという論文が発表されました。地球では生き物が作ることもある気体で、金星の生命の手がかりかもしれないと話題になりました。しかしその後、別のチームの再分析や観測では確かめられず、2026年10月時点でも決着していません。
3行でわかる
- Greavesらは2020年、電波望遠鏡JCMTとALMAで、金星の大気に約20ppbのホスフィンらしい信号をとらえたと報告した。
- 別のチームは、データの処理のしかたや、すぐ近くにある二酸化硫黄の信号と区別できない点を問題にした。赤外線や航空機からの観測でも、ホスフィンは見つかっていない。
- 金星にホスフィンがあるのか、あるなら何が作るのかは決着していない。金星で生命が見つかったわけではない。
01 わかっていること金星でホスフィンは見つかったの?
「見つかった」とする報告と、「確かな証拠はない」とする再分析や観測があり、決着していません。どちらの立場でも、金星で生命が見つかったわけではありません。
ホスフィンは、リンと水素でできた気体(PH3)です。地球では、生き物が作ることもある気体です[1]。
金星の表面は約464℃で、生き物がすめる場所ではありません(金星はなぜ地球より熱いのか)。ただ、上空の雲の中は温度がおだやかで、そのかわり非常に強い酸性です[1]。このような大気では、リンは酸素と結びついた形になるはずで、ホスフィンがあるのは不思議なことでした[1]。
Greavesらは、火山や雷、隕石などで作られる量を計算しても、ホスフィンを説明できなかったとしました。そのうえで、未知の化学反応か、地球と同じように生き物が作っている可能性を挙げました[1]。これは「生命の手がかりの候補」の段階です(生命のしるしとは)。
02 どうやってわかったのか報告と反論は、それぞれ何を示したの?
最初の報告は、2つの電波望遠鏡で同じ波長の暗い線を見たというものです。反論は、データの処理で線が作られた可能性や、二酸化硫黄でも説明できることを示しました。
わかっていないGreavesら(2020年、Nature Astronomy)[1]
金星の大気に、ホスフィンが約20ppb(10億分の20)あると報告しました。電波の決まった波長に、ホスフィンが吸う線が1本見えたためです。
どうやって: ハワイのJCMTとチリのALMAという2つの電波望遠鏡で観測しました。見えた線は1本だけで、ほかのホスフィンの線も探すべきだと著者ら自身が書いています。
わかっていないSnellenら(2020年、Astronomy & Astrophysics)[2]
ALMAのデータを同じ手順で処理し直すと、ホスフィンの位置の信号は約2シグマで、確かとは言えない強さでした。同じ手順だと、何もない場所にも強い線が5本作れました。
どうやって: データのゆがみをならす計算(12次の式)が、本物でない線を作ってしまうと指摘しました。2シグマは、偶然でも起こりうる程度の強さです。
わかっていないVillanuevaら(2021年、Nature Astronomy)[3]
ホスフィンの線のすぐ近くに、二酸化硫黄の線があることを指摘しました。2つの線は近すぎて、今回のデータでは区別できないとしました。
どうやって: 独自に分析し直し、ホスフィンの量の上限を出すと、最初の報告と合わないとしました。二酸化硫黄は金星の大気にふつうにある気体です。
わかっていないLincowskiら(2021年、The Astrophysical Journal Letters)[4]
見えた線は雲の中ではなく、高さ80kmより上で生まれたものだと計算しました。ふつうの量の二酸化硫黄で、JCMTとALMAのデータを説明できるとしました。
どうやって: 大気の中を光が通る計算で調べました。高さ80km以上ではホスフィンはすぐ壊れるため、ありえないほど多く作られ続ける必要があるとしています。
わかっていないGreavesら(2021年、Nature Astronomy)[5]
反論に答え、ALMAのデータを処理し直しても、ホスフィンが約5シグマで暫定的に見えるとしました。ただ、惑星全体の平均は約1ppbで、最初の処理より約7分の1に減りました。
どうやって: JCMTの約20ppbと合わせるには、量が時期によって10倍ほど変わる必要があるとしています。どちらの望遠鏡も性能の限界で観測していたため、新しい観測が必要だと書いています。
わかっていないEncrenazら(2020年)、Cordinerら(2022年)[6][7]
赤外線の観測では、雲のてっぺんでホスフィンは見つからず、上限は5ppbでした。航空機に積んだ望遠鏡SOFIAの観測でも見つからず、高さ75〜110kmでの上限は0.8ppbでした。
どうやって: Encrenazらは地上の望遠鏡で、赤外線にあるホスフィンの線を探しました。Cordinerらは2021年11月に3回の飛行で、533GHzと1067GHz付近にあるホスフィンの線を複数探しました。
03 数字と例えでいうとホスフィンの量は、どれくらいと言われているの?
最初の報告の約20ppbは、空気の粒5000万個に1個です。その後の観測の上限は0.8〜5ppbで、最初の値より4〜25分の1も小さく、ここが食い違っています。
| 報告 | ホスフィンの量 | 身近な例えでいうと |
|---|---|---|
| 最初の報告(JCMT・ALMA) | 約20ppb[1] | 空気の粒5000万個に1個(計算) |
| ALMAを処理し直した値(惑星全体の平均) | 約1ppb[5] | 空気の粒10億個に1個。最初の20分の1 |
| 赤外線観測の上限(雲のてっぺん) | 5ppb[6] | 最初の値の4分の1(計算) |
| SOFIAの上限(高さ75〜110km) | 0.8ppb[7] | 最初の値の25分の1(計算) |
| Snellenらの再分析の強さ | 約2シグマ[2] | 「発見」の目安とされる5シグマに届かない |
ppbは「10億分の1」です。10億÷20=5000万、20÷5=4、20÷0.8=25として計算しました。ただし、観測ごとに調べた高さや時期がちがうため、数字をそのまま比べられない面もあります。
04 まだわかっていないことホスフィン論争で、まだ決着していないことは?
金星にホスフィンが本当にあるのか、あるなら何が作るのか、雲の中に生き物がすめるのかは、わかっていません。決めるには、新しい観測や、雲に直接入って測る探査が必要とされています。
- 金星にホスフィンは本当にあるのか再処理したALMAで暫定的に見えるという主張[5]と、上限以下で見つからないという観測[6][7]が並んでいます。量が時期や高さで変わるなら両方が成り立つ、という考え方もありますが、確かめられていません。
- あるなら、何が作っているのかGreavesらは、知られている生き物以外の作り方では説明できなかったとし、未知の化学反応か生き物を候補に挙げました[1]。どちらなのかを決める観測は、まだありません。
- 雲の中に生き物はすめるのか雲の中は温度はおだやかでも、非常に強い酸性です[1]。そこで生き物が生きられるかは、わかっていません。
- どうやって決着させるのか著者らは、ほかのホスフィンの線を探すことや、雲や地面の試料を直接調べることを挙げています[1]。2026年10月時点で、決着をつけた観測は出ていません。
05関連する記事
06よくある質問
金星でホスフィンは見つかったの?
決着していません。2020年にGreavesらが約20ppbのホスフィンを報告しましたが、別のチームの再分析では確かな信号ではないとされ、赤外線やSOFIAの観測でも見つかっていません。報告したチームは、量は少ないものの今もあると主張しています。
ホスフィンとは何?
リンと水素でできた気体(PH3)です。地球では、生き物が作ることもあります。金星の大気ではリンは酸素と結びつくはずなので、ホスフィンがあれば説明が難しいとされました。
金星に生命はいるの?
わかっていません。ホスフィンの報告は生命の手がかりの候補として話題になりましたが、ホスフィンがあるかどうかも決着していません。金星の表面は約464℃で、雲の中は温度はおだやかでも非常に強い酸性です。
なぜ結果が食い違うの?
信号がとても弱く、データの処理のしかたで結果が変わるためです。ホスフィンの線のすぐ近くに二酸化硫黄の線があり、区別しにくいことも理由です。観測ごとに調べた高さや時期がちがうことも、比べにくさにつながっています。
出典
- Greaves, J. S., Richards, A. M. S., Bains, W., et al. (2021). Phosphine gas in the cloud decks of Venus. Nature Astronomy 5, 655–664(オンライン公開は2020年9月14日). https://doi.org/10.1038/s41550-020-1174-4
- Snellen, I. A. G., Guzman-Ramirez, L., Hogerheijde, M. R., Hygate, A. P. S., van der Tak, F. F. S. (2020). Re-analysis of the 267 GHz ALMA observations of Venus. Astronomy & Astrophysics 644, L2. https://doi.org/10.1051/0004-6361/202039717
- Villanueva, G. L., Cordiner, M., Irwin, P. G. J., et al. (2021). No evidence of phosphine in the atmosphere of Venus from independent analyses. Nature Astronomy 5, 631–635. https://doi.org/10.1038/s41550-021-01422-z
- Lincowski, A. P., Meadows, V. S., Crisp, D., et al. (2021). Claimed Detection of PH3 in the Clouds of Venus Is Consistent with Mesospheric SO2. The Astrophysical Journal Letters 908, L44. https://doi.org/10.3847/2041-8213/abde47
- Greaves, J. S., Richards, A. M. S., Bains, W., et al. (2021). Reply to: No evidence of phosphine in the atmosphere of Venus from independent analyses. Nature Astronomy 5, 636–639. https://doi.org/10.1038/s41550-021-01424-x
- Encrenaz, T., Greathouse, T. K., Marcq, E., et al. (2020). A stringent upper limit of the PH3 abundance at the cloud top of Venus. Astronomy & Astrophysics 643, L5. https://doi.org/10.1051/0004-6361/202039559
- Cordiner, M. A., Villanueva, G. L., Wiesemeyer, H., et al. (2022). Phosphine in the Venusian Atmosphere: A Strict Upper Limit From SOFIA GREAT Observations. Geophysical Research Letters 49, e2022GL101055. https://doi.org/10.1029/2022GL101055


