宇宙の始まりと終わり

ダークマターはどう見つかったのか、ツビッキーとルービンの物語

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かみのけ座銀河団
Photo: CTIO/NOIRLab/DOE/NSF/AURA Image Processing: D. de Martin & M. Zamani (NSF NOIRLa / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons
AIによる調査論文と公的機関の資料をAIが調べ、内容を確かめて整理しました(出典は末尾)。

「ダークマターはツビッキーが1933年に名付け、ルービンが見つけた」。そんな短い話を聞いたことがあるかもしれません。原論文と科学史の研究をたどると、実際はもっと多くの人がかかわり、受け入れられるまでに約40年かかっていました。

3行でわかる

  1. 1933年、ツビッキーはかみのけ座銀河団の銀河が速すぎることから、見えない物質が多いと書きました。ただ「ダークマター」という言葉は、それ以前から使われていました。
  2. 1970年代に、電波と光で測った銀河の回転が「外側でも速さが落ちない」ことがそろい、1974年の2本の論文が銀河団と銀河の謎を1つにまとめました。
  3. 受け入れられた理由は、証拠がたまっただけではなく、宇宙論の研究が急に増えたことも大きかったと、科学史の研究は論じています。

01 わかっていることダークマターを最初に言い出したのは誰?

1人ではありません。見えない物質の量を見積もる試みは20世紀の初めからあり、ツビッキーは1933年に、銀河団という大きなスケールで初めて強い食い違いを示した人です。

ベルトーネとフーパーの科学史のまとめ(2018年)によると、ポアンカレは1906年にフランス語で「暗い物質」という言葉を使っていました。オランダのカプタインやオールトも、太陽の近くの星の動きから、見えない物質の量を見積もっています。

オールトは1932年、太陽の近くの物質の濃さを、1立方パーセクあたり太陽0.092個分と求めました。ただし当時は、見えない物質の正体は暗い星やガスだと考えられていました。今のダークマターとは、考え方が違います。

ダークマターがあると考える理由そのものは、ダークマターとは何かで説明しています。この記事は「人と時代」の話です。

02 どうやってわかったのかどんな観測が、どの順番で積み重なったの?

銀河団の銀河の速さ(1930年代)、戦後の電波望遠鏡による銀河の回転(1950〜70年代)、光での精密な回転の測定(1970年)が順に積み重なり、1974年に1つの問題としてまとめられました。

わかっているツビッキー(1933年、Helvetica Physica Acta。2009年に英訳が再掲載)[1][6]

かみのけ座銀河団の8つの銀河は、速さの差が秒速2000kmを超えていました。見える銀河800個の重さから予想される速さのばらつきは秒速80kmなのに、実際は約1000kmでした。ツビッキーは「暗い物質が、光る物質よりはるかに多く存在する」という驚くべき結果になると書きました。

どうやって: ハッブルとヒューメイソンが測った銀河の速さを使い、重さと速さの関係(ビリアル定理)で計算しました。科学史のまとめは、ツビッキーが同じ年の宇宙線の論文でも「暗い物質」という言葉を使っていて、1933年の銀河団の論文が最初の使用ではないと指摘しています。

わかっているツビッキー(1937年、The Astrophysical Journal)[2][6]

英語で書き直した論文で、かみのけ座銀河団の重さを太陽の4.5×1013倍以上と求めました。重さと明るさの比は約500で、星だけでは説明できない値でした。

どうやって: 当時の宇宙の膨張の速さ(ハッブル定数)は今の値の約8.3倍で、比も同じだけ大きすぎました。それを直しても、比はまだ高いままです。ツビッキー自身は、見えない物質を冷えた星や固体、ガスだと考えていました。

わかっているルービンとフォード(1970年、The Astrophysical Journal)[3][6]

アンドロメダ銀河の回転を、光で中心から角度110分(約24キロパーセク)の外側まで測りました。結果は、1966年にロバーツが電波で測った回転とも合っていました。

どうやって: フォードが1960年代に開発した「イメージチューブ分光器」(暗い光を強めて記録する装置)を使いました。同じ1970年、フリーマンは電波で測った銀河の回転から「見えない物質がなければならない」と論文の付録に書いています。

わかっているオストライカー、ピーブルス、ヤヒル/エイナスト、カーシク、サール(ともに1974年)[4]

2つのチームが別々に、銀河の重さはそれまで約10分の1に見積もられていたと論文の冒頭で書きました。銀河団の謎と、外側でも回る速さが落ちない銀河の謎が、ここで1つの問題として結びつきました。

どうやって: 電波で測った銀河の回転の研究(ロバーツらなど)を引用して、銀河団の結果と合わせました。エイナストらは同じ年の別の論文で、見えない重さを「コロナ」と呼び、正体は星ではなくガスだろうと考えていました。

わかっているルービン、トナード、フォード(1978年、The Astrophysical Journal Letters)[5][6]

明るい渦巻き銀河10個の回転が、測れたいちばん外側まで速さが落ちないことを示しました。同じ年、ボズマは電波で25個の銀河について同じ結果を出しています。

どうやって: 光のドップラー効果で回転を測りました。論文の中で著者たちは「平らな回転曲線に最初に注目したのはロバーツらだ」と書き、先行する研究の功績を認めています。

有力な仮説デ・スワート、ベルトーネ、ファン・ドンゲン(2017年、Nature Astronomy)[7]

ダークマターが1970年代初めに受け入れられたのは「証拠がたまったから」だけでは説明できない、と論じました。1965〜1975年に宇宙論の論文は約10倍に増え、宇宙全体の重さを知ることが重要な問いになっていました。

どうやって: 当時の論文、教科書、研究者への聞き取りを調べた科学史の研究です。宇宙を「閉じた宇宙」にしたいという研究者の好みも、重さ探しを後押ししたとしています。歴史の解釈なので、ほかの見方もありえます。

03 数字と例えでいうと受け入れられるまで、何年かかったの?

1933年のツビッキーの指摘から、多くの天文学者が問題として受け入れる1970年代まで、約40年かかりました。その間に、見えない重さの見積もりは観測が変わるたびに少しずつ確かになっていきました。

年だれが・何を数字と例え
1932オールトが太陽の近くの物質の濃さを計算 [6]1立方パーセクに太陽0.092個分
1933ツビッキーがかみのけ座銀河団を計算 [1]予想は秒速80km、実際は約1000km。速さは12倍以上で、重さは速さの2乗に比例するので約150倍が必要(概算)
1936スミスがおとめ座銀河団を計算 [6]銀河1個あたり太陽2×1011個分。当時のハッブルの見積もりの200倍
1937ツビッキーが英語で論文 [2]重さと明るさの比は約500。膨張の速さの誤りで約8.3倍大きすぎた
1970ルービンとフォード、フリーマン [3][6]アンドロメダ銀河を中心から約24キロパーセクまで測定
19742つのチームが謎を1つにまとめる [4]銀河の重さは約10倍に見直し
1978ボズマ、ルービンら [5][6]25個と10個の銀河で、外側まで回る速さが落ちない

1930年代に信じられなかった理由もあります。1940年にホルムベリは、銀河団の重さの大部分が暗い物質だという仮定を「ありそうにない」と書きました。銀河団がつり合った状態にあるという計算の前提も、疑われていました。

04 まだわかっていないことこの物語で、まだ決着していないことは?

ダークマターの正体は、最初の指摘から90年以上たった今もわかっていません。また、なぜ受け入れられるのに約40年かかったのかについても、歴史の研究者の間で見方が分かれています。

05関連する記事

06よくある質問

「ダークマター」という言葉はツビッキーが作ったの?

違います。科学史のまとめによると、ポアンカレが1906年にフランス語で「暗い物質」という言葉を使っていました。ツビッキー自身も、1933年の銀河団の論文より前に、宇宙線の論文でこの言葉を使っています。

ダークマターを発見したのはルービン?

ルービンらの1970年と1978年の観測は大きな役割を果たしましたが、1人の発見ではありません。電波でのロバーツらの観測が先にあり、1978年の論文でルービンら自身がその功績を認めています。1974年に謎をまとめたオストライカーらやエイナストらの論文も重要でした。

ツビッキーの計算は正しかったの?

数字は大きすぎました。当時の宇宙の膨張の速さが今の値の約8.3倍だったため、重さと明るさの比も約8.3倍大きく出ています。ただ、直しても見える物質だけでは足りないという結論は変わりません。

出典

  1. Zwicky, F. (1933). Die Rotverschiebung von extragalaktischen Nebeln. Helvetica Physica Acta 6, 110. 英訳の再掲載: Zwicky, F. (2009). Republication of: The redshift of extragalactic nebulae. General Relativity and Gravitation 41, 207-224. https://doi.org/10.1007/s10714-008-0707-4
  2. Zwicky, F. (1937). On the Masses of Nebulae and of Clusters of Nebulae. The Astrophysical Journal 86, 217. https://doi.org/10.1086/143864
  3. Rubin, V. C. & Ford, W. K. (1970). Rotation of the Andromeda Nebula from a Spectroscopic Survey of Emission Regions. The Astrophysical Journal 159, 379. https://doi.org/10.1086/150317
  4. Ostriker, J. P., Peebles, P. J. E. & Yahil, A. (1974). The size and mass of galaxies, and the mass of the universe. The Astrophysical Journal 193, L1. https://doi.org/10.1086/181617 / Einasto, J., Kaasik, A. & Saar, E. (1974). Dynamic evidence on massive coronas of galaxies. Nature 250, 309-310. https://doi.org/10.1038/250309a0
  5. Rubin, V. C., Thonnard, N. & Ford, W. K. (1978). Extended rotation curves of high-luminosity spiral galaxies. IV. The Astrophysical Journal 225, L107. https://doi.org/10.1086/182804
  6. Bertone, G. & Hooper, D. (2018). History of dark matter. Reviews of Modern Physics 90, 045002. https://doi.org/10.1103/RevModPhys.90.045002
  7. de Swart, J. G., Bertone, G. & van Dongen, J. (2017). How dark matter came to matter. Nature Astronomy 1, 0059. https://doi.org/10.1038/s41550-017-0059