ブラックホールの「音」とは何か、ペルセウス座銀河団の音波

「宇宙は真空だから音はない」とよく言われます。ところが2003年、ペルセウス座銀河団の中心にあるブラックホールのまわりで、ガスを伝わる音の波が見つかりました。その高さは「シのフラット、中央のドより57オクターブ下」と発表されています。この記事では、何が観測されたのか、NASAが2022年に出した「ブラックホールの音」は何なのかを分けて書きます。
3行でわかる
- ペルセウス座銀河団の中心では、ブラックホールが噴き出した泡がまわりの熱いガスを押し、波紋のような圧力の波(音波)が広がっている。X線の観測で見つかった。
- 波の間隔は約3万6000光年、1回揺れるのに約1000万年かかる(論文の見積もり)。人が聞ける最も低い音よりおよそ6000兆倍低い(計算)。
- NASAの2022年の音声は、この波を57〜58オクターブ上げて人の耳に聞こえる高さに直したもの。宇宙で実際にこの音が聞こえるわけではない。
01 わかっていることブラックホールは本当に音を出している?
ブラックホール自体が鳴っているのではありません。ブラックホールが噴き出したエネルギーが、まわりのガスを押して波を起こしています。その波は空気中の音と同じ「圧力の波」なので、音波と呼ばれます。
音は、空気や水のような物質が押されたり戻ったりして伝わる波です。ふつうの宇宙空間は物質がほとんどないため、音はほぼ伝わりません[5]。
ところが銀河団(何百もの銀河の集まり)の中は、温度が数千万度の薄いガスで満たされています。ペルセウス座銀河団は地球から約2億5000万光年の所にあり、中心の銀河NGC 1275に巨大なブラックホールがあります[4]。
このブラックホールから出た噴流が、ガスの中に泡(空洞)をふくらませます。泡が広がるときにまわりのガスが押され、池に石を投げたときのような波紋が外へ広がっていきます[1]。
02 どうやってわかったのか見えない音の波をどうやって見つけたの?
X線望遠鏡チャンドラで、銀河団のガスが出すX線を長い時間撮り、明るさのわずかなむらを強調しました。すると、中心から同心円のように並ぶ波紋が浮かび上がりました。
わかっているFabianら(2003年、Monthly Notices of the Royal Astronomical Society)[1]
ペルセウス座銀河団の中心で、泡の外側に弱い衝撃波と、ほぼ等間隔の波紋が見つかりました。波紋を音波とみなすと、間隔は約11キロパーセク(約3万6000光年)、伝わる速さは秒速約1170キロ、1回揺れるのにかかる時間は約960万年です。
どうやって: チャンドラで約20万秒(約53時間)観測し、なめらかにした画像との差をとって、わずかな明るさのむらを取り出しました。速さは温度(約5keV、約5800万度)から計算した音の速さで、周期はそこからの見積もりです。
わかっているFabianら(2006年、Monthly Notices of the Royal Astronomical Society)[2]
さらに長い観測で圧力の地図を作ると、泡のまわりに高い圧力の帯と、外側の鋭いふち(衝撃波)が見えました。波紋は圧力の波、つまり音波だと確かめられました。
どうやって: X線の明るさと色(ガスの温度)から、場所ごとの圧力を計算しました。波紋の振れ幅から、音波がガスをあたためる熱源になりうると見積もっています。
有力な仮説Fabian(2012年、Annual Review of Astronomy and Astrophysics)[3]
銀河団の中心のガスは、本来なら冷えて星がたくさん生まれるはずなのに、そうなっていません。ブラックホールのエネルギーがガスをあたため、冷えるのを止めているという考えが有力です。音波はその運び手の候補の1つです。
どうやって: 多くの銀河団のX線・電波の観測をまとめたレビュー論文です。熱がどんな仕組みでガス全体に行きわたるのかは、まだ決着していません。
わかっているNASAチャンドラX線センター(2022年に公開した音声化)[5][6]
ネットで聞ける「ブラックホールの音」は録音ではありません。ペルセウス座銀河団の音声は、画像から取り出した本物の波を57オクターブと58オクターブ上げ、もとの高さの約14.4京倍と約28.8京倍(2の57乗と2の58乗)にして、人に聞こえるようにしたものです。
どうやって: 中心から外向きに波を取り出し、レーダーのように向きを回して音にしました。同じころ公開されたM87銀河の音声は作り方がちがい、画像の明るい所を大きな音、中心から遠い所を高い音に置きかえたもので、実際の音波ではありません。
03 数字と例えでいうとどれくらい低い音なの?
1回揺れるのに約1000万年かかる、とてつもなく低い音です。人が聞ける最も低い音(約20ヘルツ)より、およそ6000兆倍低い計算になります。
| 項目 | 値 | 身近な例えでいうと |
|---|---|---|
| 波の間隔(波長) | 約11キロパーセク(約3万6000光年)[1] | 光の速さで進んでも3万6000年かかる距離 |
| 1回揺れる時間(周期) | 約960万年[1] | 振動数は約0.0000000000000033ヘルツ(計算)。人が聞ける最も低い音の約6000兆分の1 |
| 音の高さ | シのフラット、中央のドより57オクターブ下[4] | 1オクターブ下がるごとに振動数は半分。57回半分にすると約14京分の1(2の57乗) |
| 音の速さ | 秒速約1170キロ[1] | 空気中の音(秒速約340メートル)の約3400倍。ガスが約5800万度と熱いため |
| ガスの濃さ | 1立方センチに約0.03個のイオン[1] | 地上の空気の約10の21乗分の1という薄さ(計算)。それでも音が伝わる |
振動数は周期から、空気との比は地上の空気の分子の数(1立方センチに約2.7×10の19乗個)から計算しました。チャンドラの発表では、この音は人の耳の限界より「100万の10億倍以上」低いとされています[4]。
04 まだわかっていないこと音の波はガスを本当にあたためているの?
音波がどれくらいの熱をガスに渡しているのかは、まだ決まっていません。音波のほかに、ガスのかき混ぜ(乱流)や熱の伝わりも候補にあり、割合はわかっていません。
- 熱を運ぶ主役はだれかX線天文衛星「ひとみ」は2016年、ペルセウス座銀河団の中心のガスの動きが秒速約164キロと穏やかで、かき混ぜによる圧力は全体の4%以下だと測りました[7]。かき混ぜだけで熱を運べるのか、音波がどれだけ効くのかは議論が続いています。
- 音波はどこで弱まって熱になるのか2003年の論文は、ガスのねばりけ(粘性)で音波が弱まり、熱に変わると考えました[1]。銀河団のガスのねばりけや熱の伝わりやすさは直接測れておらず、仮定に頼っています。
- ほかの銀河団でも同じことが起きているかはっきりした波紋が見えている銀河団は多くありません。ペルセウス座銀河団が特別なのか、どこでも起きているのかは、もっと感度の高い観測を待っています。
05関連する記事
06よくある質問
宇宙には音がないって本当?
ほとんどの宇宙空間は物質が少なすぎて、音はほぼ伝わりません。ただし銀河団の中のように熱いガスが満ちている場所では、ガスを伝わる圧力の波(音波)があります。ペルセウス座銀河団では、チャンドラX線望遠鏡がその波を見つけました。
ブラックホールの音は人の耳で聞こえる?
聞こえません。ペルセウス座銀河団の音波は1回揺れるのに約1000万年かかり、人が聞ける最も低い音よりおよそ6000兆倍低い計算です。NASAが公開した音声は、57〜58オクターブ上げて聞こえる高さに直したものです。
「シのフラットの57オクターブ下」とはどういう意味?
2003年にチャンドラの研究チームが発表した、音波の高さの言い方です。ピアノのシのフラットの音から、振動数を半分にすることを57回くり返した高さにあたります。音階で表した例えで、実際に耳で聞いた音ではありません。
NASAのブラックホールの音は作り物なの?
ペルセウス座銀河団の音声は、観測で見つかった本物の圧力の波を、人に聞こえる高さに上げたものです。録音ではありませんが、データからまったく別の音を作ったわけでもありません。M87銀河の音声は、画像の明るさや位置を音に置きかえたもので、作り方がちがいます。
出典
- Fabian, A. C., Sanders, J. S., Allen, S. W., Crawford, C. S., et al. (2003). A deep Chandra observation of the Perseus cluster: shocks and ripples. Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 344, L43–L47. https://doi.org/10.1046/j.1365-8711.2003.06902.x
- Fabian, A. C., Sanders, J. S., Taylor, G. B., Allen, S. W., et al. (2006). A very deep Chandra observation of the Perseus cluster: shocks, ripples and conduction. Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 366, 417–428. https://doi.org/10.1111/j.1365-2966.2005.09896.x
- Fabian, A. C. (2012). Observational Evidence of Active Galactic Nuclei Feedback. Annual Review of Astronomy and Astrophysics 50, 455–489. https://doi.org/10.1146/annurev-astro-081811-125521
- NASA / Chandra X-ray Center (2003). Chandra "Hears" a Black Hole(プレスリリース、2003年9月9日). https://chandra.harvard.edu/press/03_releases/press_090903.html
- NASA / Chandra X-ray Center. A Universe of Sound: Perseus Cluster(音声化の説明). https://chandra.si.edu/sound/perseus.html
- NASA / Chandra X-ray Center. A Universe of Sound: M87(音声化の説明). https://chandra.si.edu/sound/m87.html
- Hitomi Collaboration (2016). The quiescent intracluster medium in the core of the Perseus cluster. Nature 535, 117–121. https://doi.org/10.1038/nature18627


