人は火星に住めるのか、放射線・重力・空気でわかっていること

「人類は火星に住める」というニュースを見かけます。でも、実際に測ってわかっていることは何でしょうか。探査車キュリオシティとパーシビアランスは、火星の放射線を測り、火星の空気から酸素を作る実験にも成功しました。一方で、火星の重力の中で人が長く暮らすとどうなるかは、まだ誰も確かめていません。
3行でわかる
- 放射線: 火星の地表では1日に約0.64ミリシーベルト。日本で1年に自然に浴びる量(約2.1ミリシーベルト)を、約3日で浴びる計算になる。
- 空気: 気圧は地球の約160分の1で、ほとんどが二酸化炭素。酸素は約0.15%しかない。小型の装置MOXIEは、火星の空気から酸素を作ることに成功した。
- 重力: 地球の約0.38倍。この重力で長く暮らすと体がどうなるかは、まだわかっていない。
01 わかっていること火星はそのまま人が住める環境?
火星はそのままでは人が住めません。空気は薄くて酸素がほとんどなく、放射線は地上よりずっと強いため、宇宙服や守られた建物が欠かせません。
火星の空気は、地表の気圧で地球の約160分の1です[1]。そのうち約96%が二酸化炭素で、酸素は約0.15%しかありません[2]。平均気温は約マイナス60℃です[1]。
火星には地球のような全体を包む磁場がなく、空気も薄いので、宇宙から来る放射線が地表まで届きます[5]。火星の水や生命の手がかりについては、火星の水の記事と火星の生命の記事にまとめています。
02 どうやってわかったのか火星の放射線や空気は、どうやって測ったの?
探査車キュリオシティが、行きの宇宙船の中と火星の地表で放射線を測り、空気の成分も分析しました。パーシビアランスに積んだMOXIEは、火星の空気から実際に酸素を作りました。
わかっているZeitlinら(2013年、Science)[3]
火星へ向かう宇宙船の中では、1日に約1.84ミリシーベルトの放射線を浴びていました。今のロケットで火星と往復すると、移動だけで約0.66シーベルト(660ミリシーベルト)になる計算です[5]。
どうやって: キュリオシティの放射線計RADを、253日かけて火星へ向かう宇宙船の中で動かし続けて測りました。宇宙船の壁に守られた状態での値です。
わかっているHasslerら(2014年、Science)[4]
火星の地表では、1日に約0.64ミリシーベルトの放射線を浴びることがわかりました。地表に500日いて往復もすると、合計は約1シーベルトになります[5]。
どうやって: 2012年8月から約300日、地表のRADで宇宙から来る放射線と太陽からの粒子を測りました。太陽の活動が活発な時期の値で、時期によって変わります。
わかっているMahaffyら(2013年、Science)[2]
火星の空気は、二酸化炭素が約96.0%、アルゴンが約1.9%、窒素が約1.9%で、酸素は約0.145%でした。地球の空気の酸素(約21%)の約140分の1です。
どうやって: キュリオシティの分析装置SAMに火星の空気を取り込み、成分を測りました。2012年の約3か月のデータです。季節によって割合は少し変わります。
わかっているHoffmanら(2022年、Science Advances)[6]
電子レンジほどの大きさの装置MOXIEが、火星の空気の二酸化炭素から酸素を作ることに成功しました。別の惑星でその場の資源を使って酸素を作った初めての例です。
どうやって: 2021年2月の着陸後、時間帯や季節を変えながら何度も運転しました。NASAによると、2023年8月までの16回で合計122グラム、最高で1時間に12グラム、純度98%以上の酸素を作りました[7]。
03 数字と例えでいうと火星の放射線・空気・重力はどれくらい?
火星の地表の放射線は、1年分にすると日本で自然に浴びる量の約110倍です。空気の気圧は地球の約160分の1、重力は約0.38倍で、体重50キロの人は約19キロ分の重さになります。
| 項目 | 火星の数字 | 身近な例えでいうと |
|---|---|---|
| 地表の放射線 | 1日約0.64ミリシーベルト[4] | 日本の自然放射線(1年約2.1ミリシーベルト)[9]を約3日で浴びる。1年分は約110倍(計算) |
| 行きの宇宙船の中の放射線 | 1日約1.84ミリシーベルト[3] | 日本の自然放射線の1年分を、約1日で浴びる(計算) |
| 往復の移動だけの放射線 | 約0.66シーベルト[5] | NASAが宇宙飛行士の一生分の上限とする600ミリシーベルト[8]を超える量(測り方の違う数字を、目安として比べた場合) |
| 気圧 | 約6.4ヘクトパスカル[1] | 地球(約1013ヘクトパスカル)の約160分の1(計算) |
| 酸素の割合 | 約0.145%[2] | 地球の空気の約140分の1(計算) |
| 重力 | 地球の0.380倍[1] | 体重50キロの人は約19キロ分の重さ(計算) |
| MOXIEが作った酸素 | 合計122グラム[7] | 小型犬が約10時間に吸う量(NASAの例え) |
放射線の比べ方には注意がいります。RADが測った値(線量当量)と、NASAの上限に使う値(実効線量)は計算のしかたが少し違うので、目安としての比較です。NASAの上限は、放射線によるがんで亡くなる危険が3%増える手前に抑える考えで決められています[8]。
04 まだわかっていないこと火星で長く暮らせるかは、なぜまだ言えない?
火星の重力(地球の約0.38倍)の中で人が何年も暮らすと体がどうなるかは、まだ誰も確かめていません。放射線の長い影響や、酸素を大量に作る方法も、答えが出ていません。
- 低い重力で長く暮らした影響地球より弱い重力での人の体の反応を調べた43件の研究をまとめた報告では、長い期間の影響を調べた研究は1件もありませんでした[10]。0.4倍より弱い重力では、筋肉・骨・心臓や肺の働きを保つには足りない可能性があり、運動などの対策が要ると考えられています。
- 放射線で病気になる危険の大きさ火星への往復と滞在で浴びる量はわかってきました。しかし、がんの危険がどれだけ増えるかはモデルによる見積もりで、地球の近くを離れて何年も過ごした人のデータはありません[8]。往復だけで上限を超える量をどう防ぐかも、決まっていません。
- 人が暮らせるだけの酸素を作れるかMOXIEが作れたのは1時間に最高12グラムです。火星から帰るロケットには数十トンの酸素が要ると見積もられていて、大きな装置で作れるかはこれからの課題です[6]。
火星への移住計画のニュースは、計画や目標であって、確かめられた事実ではありません。この記事では、実際に測られた数字だけを書いています。
05関連する記事
06よくある質問
火星で人は息ができる?
できません。火星の空気は地表の気圧が地球の約160分の1しかなく、ほとんどが二酸化炭素で、酸素は約0.15%です。外に出るには宇宙服が、暮らすには空気を満たした建物が必要です。
火星の放射線はどれくらい危ない?
探査車キュリオシティの測定では、火星の地表で1日に約0.64ミリシーベルトです。日本で1年に自然に浴びる量(約2.1ミリシーベルト)を約3日で浴びる計算です。往復の移動だけで約0.66シーベルトになり、NASAが宇宙飛行士の一生分の上限とする600ミリシーベルトを超えます(測り方の違う数字なので、目安としての比較です)。
火星の重力だと体はどうなる?
火星の重力は地球の約0.38倍です。短い時間なら心臓や肺の負担は減りますが、何年も暮らした場合の影響を調べた研究はまだありません。研究のまとめでは、0.4倍より弱い重力では筋肉や骨を保つのに足りない可能性があり、運動などの対策が要るとされています。
火星で酸素は作れる?
小さな規模なら作れました。探査車パーシビアランスに積んだ装置MOXIEは、火星の空気の二酸化炭素から、2023年8月までの16回で合計122グラムの酸素を作りました。人が暮らしたりロケットで帰ったりするには、はるかに大きな装置が必要です。
出典
- NASA Goddard Space Flight Center, NSSDCA. Mars Fact Sheet(気圧・重力・平均気温). https://nssdc.gsfc.nasa.gov/planetary/factsheet/marsfact.html
- Mahaffy, P. R., Webster, C. R., Atreya, S. K., Franz, H., Wong, M., Conrad, P. G., ほか (2013). Abundance and Isotopic Composition of Gases in the Martian Atmosphere from the Curiosity Rover. Science 341, 263–266. https://doi.org/10.1126/science.1237966
- Zeitlin, C., Hassler, D. M., Cucinotta, F. A., Ehresmann, B., Wimmer-Schweingruber, R. F., Brinza, D. E., ほか (2013). Measurements of Energetic Particle Radiation in Transit to Mars on the Mars Science Laboratory. Science 340, 1080–1084. https://doi.org/10.1126/science.1235989
- Hassler, D. M., Zeitlin, C., Wimmer-Schweingruber, R. F., Ehresmann, B., Rafkin, S., Eigenbrode, J. L., ほか (2014). Mars' Surface Radiation Environment Measured with the Mars Science Laboratory's Curiosity Rover. Science 343, 1244797. https://doi.org/10.1126/science.1244797
- Southwest Research Institute (2013). SwRI scientists publish first radiation measurements from the surface of Mars(RAD研究チームの公式発表). https://www.swri.org/press-release/swri-scientists-publish-first-radiation-measurements-surface-mars
- Hoffman, J. A., Hecht, M. H., Rapp, D., Hartvigsen, J. J., SooHoo, J. G., Aboobaker, A. M., ほか (2022). Mars Oxygen ISRU Experiment (MOXIE)—Preparing for human Mars exploration. Science Advances 8, eabp8636. https://doi.org/10.1126/sciadv.abp8636
- NASA JPL (2023). NASA's Oxygen-Generating Experiment MOXIE Completes Mars Mission. https://www.jpl.nasa.gov/news/nasas-oxygen-generating-experiment-moxie-completes-mars-mission/
- NASA (2023). NASA-STD-3001 Volume 1, Revision C: Crew Health(宇宙飛行士の一生分の放射線の上限 600 mSv). https://www.nasa.gov/wp-content/uploads/2023/11/nasa-std-3001-vol-1-rev-c-with-signature.pdf
- 環境省. 放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料 第2章 自然・人工放射線からの被ばく線量(日本平均 年2.1ミリシーベルト). https://www.env.go.jp/chemi/rhm/current/02-05-01.html
- Richter, C., Braunstein, B., Winnard, A., Nasser, M., Weber, T. (2017). Human Biomechanical and Cardiopulmonary Responses to Partial Gravity – A Systematic Review. Frontiers in Physiology 8, 583. https://doi.org/10.3389/fphys.2017.00583


